ヨハネス・イッテン造形芸術への道

ヨハネス・イッテン 造形芸術への道 2003年8月24日~10月13日 宇都宮美術館

Towerワイマール・バウハウスの指導的人物のひとりとして知られるイッテンの絵画・立体を日本ではじめて紹介すると共に、彼の教育者としての業績を学生作品により検証する展覧会。

バウハウスとは、1919年、ドイツのヴァイマルに設立された、工芸・写真・デザインなどを含む美術と建築に関する総合的な教育を行った学校。また、その流れを汲む合理主義的・機能主義的な芸術を指すこともある。学校として存在し得たのは、ナチスにより1933年に閉校されるまでのわずか14年間であるが、その活動は現代美術に大きな影響を与えた。

Iヨハネス・イッテン(Johannes Itten1888-1967)は、スイスの芸術家、理論家、教育者。
当初は初等・中等教育の教職についていたが、青騎士、分離派、後にバウハウスに集まる芸術家たち等と接触するうちに、美術に傾倒する。特に、画家アドルフ・ヘルツェル(1853-1934)に師事する。1917年にはウィーンで絵画学校を開設。
1919年には、ヴァルター・グロピウスの招聘を受け、バウハウスのマイスターとなり予備課程を担当する。しかし、その精神主義的ともいえるような教育理念がグロピウスの考え方と相容れず、1923年には解雇されてしまう。
一旦スイスに戻るが、1926年にはベルリンにて学校を設立する。これが後に「イッテン・シューレ」となる。この学校には日本からの留学生もおり、日本との接点もあった。イッテンは日本美術に関しても造詣が深かったという。
イッテン・シューレは1934年には閉鎖されるも、イッテン自身は戦時中はスイスにとどまった。戦後も作品制作を継続した。
イッテンは、作品制作もさることながら、バウハウスや自身の学校において独自の造形論および色彩論を主張し、展開した点において大きな特徴がある。
なお、バウハウス時代の剃髪したイッテンの姿は、芸術家・教育者というよりも、宗教家といった趣を漂わせている...

イッテンは、人間のアーティスティックな感性を徹底的に分析する。明暗、寒暖、補色、階調、色量...など様々な切り口で彩色し、それによって印象がどう変化するかをみるのだ

C_2イッテンの色相分割法による配色法

補色の組み合わせ(2色:ダイアード)
正三角形の組み合わせ(3色:トライアド)
補色を利用した3色の組み合わせ(3色:スプリット)
正方形の組み合わせ(4色:テトラード)
3色+白+黒(5色:イッテンのペンタード)
4色+白+黒(6色:イッテンのヘクサード)

はるか昔、学校の図工室や美術室でみたことがある...色相環っていうのか。
寒色と暖色。同系色を使った時の印象とか、反対色(補色)を使った時の印象とか習ったような気もするし、本能的に理解していたような気もする(笑)。小学校の時、宮沢賢治の「よだかの星」を読んで(聞いてだったかもしれない)感想文の代わりに絵を描く(水彩絵の具)という授業があった。よだかの気持ちをどんな色で表現しようかと一生懸命考えたのを覚えている。

よだかは、美しいはちすずめやかわせみの兄でありながら、容姿が醜く不格好なゆえに鳥の仲間から嫌われ、鷹からも「たか」の名前を使うな「市蔵」にせよと改名を強要され、故郷を捨てる。自分が生きるためにたくさんの虫の命を食べるために奪っていることを嫌悪して、彼はついに生きることに絶望し、太陽へ向かって飛びながら、焼け死んでもいいからあなたの所へ行かせて下さいと願う。太陽に、お前は夜の鳥だから星に頼んでごらんと言われて、星々にその願いを叶えてもらおうとするが、相手にされない。居場所を失い、命をかけて夜空を飛び続けたよだかは、いつしか青白く燃え上がる「よだかの星」となり、今でも夜空で燃える存在となる。

今考えると、とっても高度な授業だったのね~ そして面白かった!だから記憶に残っている。

さて、

何の先入観もなく、下の作品を見てどのようなイメージが浮かぶだろう・・・

Island  Spiral_6


「幸福の島国」1965 個人蔵  「4つのスパイラル」1967 個人蔵

なるほど、水に浮かんだ島。暖色の部分が幸せオーラを放っている。

もっと以前の作品では・・・

Child I2*

「子供」1923 「風景の色彩」1946 

子供っぽいタッチが、ほんわ~か気分で、いいかも♪ 温かみのある配色の絵と、爽やかに澄んだ配色の絵。

Deai

「出会い」1916年

二つの螺旋が噛み合って、巻き込むように抱き込むように見える。

その他、ポストカードから・・・

Dsc00747

「赤い塔」 1917-8

Dsc00749_2
「春夏秋冬」 1963

Dsc00751

「寒暖のバリエーション」1957

機会あって、異色な展覧会を経験することができた。

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宇都宮美術館は、宇都宮市の市制100周年を記念して平成9年3月23日に開館。「地域と美術」「生活と美術」「環境と美術」をテーマにした近現代美術やポスター、デザイン家具などを中心に国内外の作品を収蔵。また宇都宮市にゆかりの美術作品を収集・公開しており、運営は財団法人うつのみや文化の森に委託されている。
建物は宇都宮市郊外の26ヘクタールの広さを持つ「うつのみや文化の森公園」内にあり、付近の自然と景観に配慮した低層構成となっている。

海外の美術では、ルネ・マグリット、マルク・シャガール、ワシリー・カンディンスキー、パウル・クレーなどの20世紀を代表する巨匠を、日本美術では、明治期から現在に至るそれぞれの時代を象徴する作品を収集している。また、宇都宮にゆかりの深い作品、「創作版画」にも力を入れている。加えて、明治期に来日したジョルジュ・ビゴーのコレクションも充実している。
また、美術ばかりではなくデザインの領域も、美術館活動の柱にしている。19世紀末から20世紀後半に生み出された作品を収蔵し、国内有数のコレクションを形成。ポスター等のグラフィック・デザイン、ならびに家具、生活用品といったプロダクト・デザインから成るコレクションで、近代デザインの歴史を概観することもできる。
うつのみや文化の森は、自然環境との調和をテーマに可能な限り丘陵地の自然を活かしながら整備された。このような環境のなかに、自然と調和する野外彫刻3点が設置されている。

何といっても、マグリットの所蔵でしょう!

Grandfamily_3 Dream_5

「大家族」 1963 宇都宮美術館   「夢」 1945 宇都宮美術館

今日の回想記

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追記:

Blackmagic

Black Magic 1945 by Rene Magritte  

ブリュッセル、ジョルジェット・マグリット夫人蔵

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